ダイアリー2005
最近、電車に乗って気になることがある。
若いママがバギーに子どもを乗せて電車に乗ってくるとき、子どものかわいらしさに思わず笑みを浮かべずにはいられない。
可愛い盛りの子ども、目が合うとあやしたい衝動にもかられる。
おやおや、ママはバギーに乗せた子どもに袋菓子を与え、携帯メールをチェックし始めた。
子どもは手が汚れたのが気になる様子でママに目で訴えているが、ママは携帯の画面と格闘中、気がつかない。
そのうち子どもはあきらめてしまった。
ママは悪気もなく、子どもからのメッセージに気づかなっただけなのだろう。
知らないうちに「ママは、ボクよりも携帯が大切なんだ。」と子どもに伝えているのかもしれない。
若いママたちが子育てする前から、生活の一部になっている携帯。
私だって電車に乗ったら携帯メールをチェックする。
でも、私が子育てした時代、幸いにもママたちは携帯を持たなかった。
時代が変わってしまったから、子育ても変わりつつあるのだろう。
先日、自転車の前後に子どもをのせて、携帯メールをしながら器用に走るママを見かけた。
これからも便利な道具が私たちの生活に現れるのだろう。
その使い方には注意が必要かもしれない。
案外、不便だった時代はコミュニケーションには良い時代だったのかもしれないね。
そういえば私が子どもの頃、家に電話が級友がいて呼び出し電話だった。
「電話ですよ〜!」
「いつもすみませ〜ん!」
そんな不便さが親しさを増していたようにも思う。(K.S)
日本に戻ってから気になっていること。それは、あいさつ。
EXCUSE ME や HI!が当たり前のように聞こえてくるアメリカとは大違い。
店員さんが「ありがとうございました。」と言っても、それが当然のように買う側はしらんぷり。
「どうも」ぐらい言ってもよさそうなのに。
自転車通勤の私は、狭い所を走る時、対向してくる自転車があると ひるんでしまう。
だって、ドケドケと言わんばかりに、誰に遠慮することなく当たり前のように、すごいスピードで走りぬける。
そんな中たまに、互いに会釈することがあればとてもすがすがしい気分になり、「ありがとう」なんて言ってもらったなら、幸せを感じたりする。
ほんとに ちょっとした心遣い・思いやりで一日いい気分ですごせるのに。
「あいさつ」は相手を思いやる心が言葉や態度になっていると思うのです。
恥ずかしがらずに あいさつしませんか。(K.I)
今朝、用事があって急行の電車に乗っていたときのこと。
A駅に到着したとき、隣に立っていた女性が私に話しかけてきた。
「次、止まりますか?」
私は何のことかさっぱり分からず、「次は横浜(駅)ですが…」と答えると、その女性はわが意を得たりとうなずいて、「じゃ、止まらないんですね。」と続ける。
彼女の中ではしっかりストーリーは出来上がり、理解しているようだったが、私はとても居心地が悪かった。
こういう経験って子どもとの会話でもよくある。
「そんな話し方じゃわからないでしょ?!」とか、
「もっと分かるように話なさい。」と言ってしまってハッとすることがある。
子どもは相手が分かるように話すにはどう話したら良いのか分からないのだ。
「最初から話してごらん?」と時間の経過をたどらせたり、
「何のことについて話したいの?」とか具体的に質問してみよう。
夕飯時の私の家族の会話ネタになってしまったその女性は、息子にはしっかりオバサン扱いされてしまっていた。
「相手にわかりやすく話す」ことはオバサンにならない近道かもしれない。(K.S)
先日小学校の教師をしている知り合いが
「『言いたいことをキチンと言う』という習慣を外国から学んだときに、何か間違って理解しちゃったんじゃないかしら?」
と言いました。
子供たちは「言いたいことを言う」ことは出来るようになったけど、言いっぱなしだというのです。
例えば、人がまだ話をしているのに割り込んでくる;じぶんの発言が人を傷つけるかもしれないことを考えていない、などです。
先日は、「僕がまだ話しているのに、割り込んできた!」と言ってけんかになってしまったそうです。「なぜなのだろう?」と考えてみました。
「じぶんの考えを言う」こと(いわゆる「自己主張」)だけに注目してしまい、「人の話を聞く」、「人を尊重する」という大事な部分を忘れてしまっているのではないでしょうか。
自分の意見を聞いてもらいたいなら、人の意見も聞かなければなりません。
そして、自分の意見が適切かどうか(主題にあっているかなど)や、それが与える影響に思いをはせる想像力が必要なのです。
「じぶん表現」には発信(言う)だけでなく、受信(聞く)という面もあることを子供たちに覚えてもらいたいと思いました。(M.O)
友人に誘われて、お芝居を観た。
劇団一跡二跳という小劇団の公演だ(作・演出 古城十忍)。
家族の「家」をめぐる物語なんだけれど、おもしろかったなぁ〜。
3LDKの家に住む、依存しあう4人+1人の家族。
大学を中退し家に引きこもり、家族とのコミュニケーションは携帯電話という息子。キャリアウーマンの娘は、自分の部屋で恋人と同棲生活を送る。妻は平凡な日常生活の中で携帯メールにはまり、夫は趣味のプラモデルの組み立てに何かを紛らわすように集中する。
そんな家族の中に妻の母親と夫の父親がひょんなことで同居する・・・
テンポのいいセリフが、妙にリアルでおかしい。
物分りのいい親として生きている私たち世代の親子関係について、あらためて考えさせられてしまった。
また、スローモーションやコマ送りのような身体表現パフォーマンスは、ナマの舞台なのにまるで映画を観ているような重層的な空間を生み出している。
(言葉で表現しきれなくて、もどかしい)
演劇における表現力に、新鮮な驚きを感じ、魅せられた2時間だった。
はまりそう!(S.T)
先日、新刊「10代で育てるじぶん表現力」の発売日に先駆けて、「記者懇談会」を行った。
お忙しい中、集まってくださった記者の皆さまに感謝!
メンバーのうち、4名で対応させていただいた。
初めてのことゆえ、始まる前は『どんなことを、聞かれるのだろうか』ちょっとドキドキしたけれど、JAMの人たちは、みんなプレゼンテーション上手。どんな場所でも堂々としているので、安心してのぞめた。
質疑応答で、ある記者の方から
「思春期の子どもとのコミュニケーションは、父親こそ必要なのでは?」という意見をいただいた。
まさに、その通り!
今回の本は、思春期の子どものことでお悩みの方にぜひ読んでいただきたい。
とくに父親!
どんな言葉をかけたらいいか、子どもとどう接したらいいか、JAMからいろいろな提案をしています。
どうかたくさんの方が、この本を手にとって読んで下さいますように!
(S.T)
先日、かなり厳しいダメ出しをされました。
「これはプロの仕事じゃない」といった内容です。
究極の負けず嫌いの私は、ダメを出されるのが苦手です。
私自身を攻撃しているのではないとわかっていても、反発を感じたり、どん底まで落ち込んだりしてしまいます。
ところが、今回のダメ出しは違っていました。30分くらい話したでしょうか。その後はとてもさわやかな気持ちになっていました。
なぜなのか考えてみると、彼(担当者)の話し方にいくつか特徴のあることに気づきました。
・ 声の調子が明るいこと(お仕事の依頼や世間話のときと変わらないトーンでした)。
・ プラスの評価もすること(マイナス面だけでなく、「ここはいいと思う」と評価してくれました)。
・ ユーモアがあること(「これじゃぁ○○○ですよぉ!」と言われ、「それはないでしょ!」と突っ込みたくなるような冗談が散りばめられていました)。
・ 内容が具体的なこと(「この表現が『直訳調』ですねぇ」といった感じです)。
そのほかにもダメ出し上手な人がいます。
先日私の書いた文章について「あなたの言いたいことはスッゴク良くわかるのよ。でもね、今回は…」と言ってくれたのです。この言い方もいいですね。「認めてもらう」というのは、大事な要素のようです。
私はダメを出されるだけでなく、出すほうも苦手です。
言われたほうは気分を害するんじゃないか、腹を立てるんじゃないか、関係が悪くなるんじゃないか、などなど考えて、言わずに済ますこともあります。
言ったはいいけど、「言い方がきつくなかったかな?」と後言った私が落ち込んでしまうこともしばしば。
ついついそうならないように、予防線を張ったりしてしまいます。
でも、仕事をしていく上では、そうも言っていられない。
仕事だけではなく、いい人間関係を築くには欠かせないスキルだと思います。
上手な人を真似して、努力してみようと決心しました。(M.O)
10月15日 ご存知だと思いますが、昨日のニュースで、2年後(平成19年度)より、小学校の3年生からいよいよ英語が必修科目として登場することが決まったことを聞きました。
時間的には、週1時間〜2時間といったところでしょうか。
現在の年間10時間程度の学習と比べれば、雲泥の差ですが、子どもたちを取り巻く英語ビジ ネスはすごい勢いで広がるのでしょうね。(K.O)
ずっと更新できなくて、ごめんなさい。
「英語の達人になるためのじぶん表現力エクササイズ」(アルク)に引き続き、「10代で育てるじぶん表現力」(主婦の友社)の制作に追われていました。
今回は執筆に先立ち、JAMのメンバーと手分けして、60名以上の方にインタビューをし、、育児のこと子どもたちの悩み、夫婦の問題など、貴重なお話をたくさんうかがいました。子どもたちからも意見を聞きました。アダルトチルドレン研究の第一人者の斉藤学先生にもご教授いただきました。
10代の子どもとのコミュニケーションスキルの本---とてもむずかしいテーマでしたが、「親子のコミュニケーションをすすめるならば、10代ははずせませんよね」と編集者のYさんに励まされながら、なんとか校了までこぎつけました。
今回も、ほんとうにいろんな方のお世話になって、本ができあがりました。
早く、皆さんの手にお届けしたい。今はその気持ちでいっぱいです。
いつの間にやら、季節は秋。秋色の服でも買いに行こうかな。(S.T)
先日、都内の小学校で養護教員(保健室の先生)をしていらっしゃる方から、お電話をいただきました。
サンケイ新聞に連載(2004年4月〜2005年3月)していたコラム「親子でトライ『じぶん表現力』」の第49回「朝ホメのすすめ〜自己肯定感を育くむ」を読んで下さったそうです。
その先生のお話がとても心に残ったので、ご紹介します。
毎日保健室にやってくる子どもたちがたくさんいます。
何のため? それは、甘えたいからくるのです。 甘えたい子どもがたくさんいるんです。
「うんうん」
「そうなの」
「よくやったね〜」
「へぇ、できたんだ!」
私は子どもたちの話をよく聞いて、たくさんほめてあげます。
そうすると、子どもたちは安心して教室に戻っていくのです。
今の子どもたちは、親からも先生からもほめられていない、と感じます。
できたことを「できたね」って、言ってあげるだけで十分。
子どもたちは、認めてもらいたがっているのです。
というお話でした。
叱ることももちろん大事だけど、その前に子どもたちを認めてはげまして、心を安定させてほしい。
子どもの「自己肯定感」を育んで!ということを、もっと多くの方たちに伝えていきたい、とあらためて思いました。(S.T)
高校生の息子が学校のプロジェクトで大学教授と接する機会があった。
彼にしてみれば、高校の先生よりもエライ教授だったのだろう。
教授に宛てるメール文書を相談したいと言ってきた。
「何を聞くの?」と聞くと、
「僕たちに会ってもらうのに教授の都合を聞きたいんだ。最初、なんて書けば良い?」と言う。
「自分で考えてごらん。」と促すと、彼は文書の構成を考え始めた。
出来上がった下書きを見せてもらうと、丁寧に表現したい気持ちが先走って要点がまとまっていない。
下書きの紙は何回か息子と私の間を往復した。
時間を費やして、自分の頭をフル回転させて、彼はやっと短いメール文書を作り上げた。
携帯で友達とやりあうメールには、即、対応できるけど、異世代、異業種の人とコミュニケーションすることはちょっと骨が折れる。
でもそれは大人になる道のりで、大切な学習のひとつだと感じた。
子どもって、いくつになっても一歩ずつ歩いて行くんだな、あの赤ちゃん時代の初めてアンヨができたときのように・・・(KS)
人前で話すことが普段の会話と大きく違うことに気づいたのは、小学校4年生のときでした。
転校が決まり、最後の日に教室の前に出て同級生に挨拶したのです。
何だかドキドキして、「あっちに行っても忘れないでください」なんていう、ありきたりのことしか言えませんでした。
「みんなとお別れするんだから、泣くかもしれないね。ハンカチ持っていきなさい」
と母に渡された白いハンカチを握り締めて、でも、「泣く」どころの騒ぎではなかったのです。
「何を言おう?」とか、「あ〜、ドキドキする」とか、そちらのほうが大変でした。
ずっと大人になってから、アメリカの大学でスピーチのクラスを取りました。
前もってトピックが決まっているときはそれほど苦労しなかったのですが、一番苦手だったのは「即興スピーチ」。
いきなりテーマを与えられて3分間話さなければならないのです。
自分の順番が回ってこないように祈るばかりでした。
これができると怖いものナシなんだけどなぁ。
人前で話をするのにドキドキするときとしないときを考えてみると、自分がよく知っている話題のときは、平気の平左、あまり良く知らないトピックのときはじっとり汗ばんでいるようです。
それから、しっかり準備をしたときは大丈夫。
していないときは、不安です。
人前で話す訓練をしようと考えている方は、まず自分の言葉で、自分が知っている話題について話すことからはじめてみるといいですね。
準備も忘れずに。ただし、「準備」といっても、書いた原稿を読み上げるのはいただけません。
丸暗記もダメです。要点だけを頭に入れて、自分の言葉で話すのが一番。
難しいことだけど、これが一番相手に伝わる話し方なのです。 (O.M)
「お父さん、アレどうした?」
「・・・」
「お父さん、聞いているの?」
「ウム・・・。お母さんがアレしたんじゃないか」
「えぇ?違うわよ。お父さんがしたんじゃないの? ホラ・・・」
「そうか・・・てっきりおまえがアレしたのかと思った・・・」
「???」
ハタで聞いていると、何が何だかわからない。
あうんの呼吸というか、察するの極意。
でも、昨日のこと。
夕食後、夫が、
「あっ、アレ・・・」と言ったのを受けて、
「ハイ、どうぞ」と、夕刊を渡した。
娘が、
「パパたちの会話、ワケわかんないよー」。 だって。
父と母の領域に入りつつあるのか。(S.T)
劇団で子ども達の指導をしている人に会った。
彼女いわく、
「中学生になって、芝居をやりたいって来るのだから、これくらいはできるだろうと思って指導を始めると、ほとんど何もできないのです。声を出すこと、人に気持ちを伝えること小学校低学年の子ども達に教えるのと大差ないのです。」とのこと。
確かに、子ども達の夢は大きい。(夢を持てない子ども達もたくさんいるかもしれないけど・・・)
そのために何の勉強をしたらいいのか、毎日の生活で何に気を配って生活すればいいのか、そんな試行錯誤を自分からする子は稀なのかもしれない。
先日、職場体験とやらで私のラジオ番組にも中学2年生が5人で仕事を見学にやってきた。
彼らの将来の夢はテレビ局のアナウンサー(ラジオじゃないところが寂しいが・・・)だったり、声優だった。
理由は「憧れ」。
「夢の実現のために何をしているの?」
と聞くと、皆で首をかしげていた。
「どんな勉強をしたらいいのかわからないです。」
とつぶやく少年がいた。
勉強は与えられるもの、コミュニケーションはなんとなくできるもの、そんな気持ちなのかもしれない。
どちらにしても、自分から発信することから始まるんだよ! (K.S)
4月から大学生になる、我が家の三人娘の長女。
その長女が10歳のある日のことです。
いつ ものように私が、
「お姉ちゃん!ちゃんとお片付けしてね。お姉ちゃんなんだからで きるよね。」
と言ったとたん、
「わたしのことお姉ちゃんって言わないで!お姉ちゃんになんてなりたくなかった!妹がよかった!!」
と泣きながら怒りだしまし た。
私は、ハッとしました。
いつの頃からか長女のことを名前ではなく「お姉ちゃん」と 呼んでいたこと、そしてお姉ちゃんだから、というものさしで、彼女をみていたことに。
その日から私は長女を名前で呼び、お手伝いなどを頼むときは、
「O年生だからで きると思うんだけど・・・お願いね。」
というように替えました。
その子が兄弟姉妹の中のどの位置かではなく、まず その子「個人」として見てあげる ことの大切さを痛感しました。4月からは「大学生だもんね。」にかえなくては・・・。 (K.I)
今となっては何が「問題」だったのかは覚えていない。
でも、勇気をふりしぼって「それは違う」と言ったときの光景はハッキリと脳裏に残っている。
小学校6年生の同級生に、誰からも恐れられる「気の強い」女の子、Kちゃんがいた。
彼女の主張はいつも通った。だからKちゃんは自分がいつも正しいと思っていたようだ。
教室には「正しいことは正しい、間違いは間違いと言おう」という標語が貼られていた。
担任の先生がクラスの雰囲気を見て、そんな言葉を貼ったのかも知れない。
あの日、校舎の2階にある6年2組の教室で、私はKちゃんに注意しなければいけないと思っていた。
「それは違うと思うよ」という一言。
私の中には、ここでこれを許しちゃいけないという思いが強くあった。
1年前、その学校に転校したての私はイジメに悩んでいた。
隣のクラスの男の子に「よそ者」と言われたり、もっとヒドイ言葉を浴びせられたりした。
救いだったのは同級生の男の子が守ってくれたことだ。
仲の良い友人ができるに従って、イジメもなくなったように思う。
でも、一度しんどい思いをした私は、なかなか言いたいことが言えなくなっていた。
だからKちゃんと「対決」するのはとても怖かった。
最初に「ちゃんと言わなきゃ」と思ってからどれほど時間が経過したのだろうか。
心の中で「間違いは間違いと言おう」と唱えながら、
「Kちゃん、それはしちゃいけないよ」
と言った。
胸がドキドキした。
声が震えていたかもしれない。
彼女は一瞬あっけに取られ、
「えー。でも……」
そしてしばらくして、
「うん。そうかも知れない」
と言った。
今度は私があっけに取られる番だった。
そして、ホッとすると涙が出てきた。
他の友人が
「なんで泣いてんのよぉ」
と私をからかったが、そんなことも気にならなかった。 とにかく嬉しかったのだ。
「言ってよかった」
という安堵感を今でも覚えている。
その後も彼女に何かを言うには勇気が必要だったが、引き下がらないでキチンと言うほうが解決になることはもう理解できていた。
Kちゃんにとっては大したことのないことだったかも知れないが、私にとっては「勇気」を出して自分の意見を言った大事な出来事だった。(M.O)
娘はアメリカの中学校で、陸上部に入っていました。
運動神経が飛びぬけていいわけではない娘。
それでも、練習に励んでいました。
ある日、陸上競技会があり、応援に行きました。
「スタート!」「ゴール!」
『なんだ、ビリに近いじゃない・・・』
いっしょうけんめい走ってくる娘にエールを送っていた。
だから、少しだけガッカリ。
でも気を取り直して、
「惜しかったね」
ニコニコしながら戻ってくる娘に、声をかけました。
とたんに彼女の顔がさっと曇って
「記録が伸びてすごくうれしかったんだよ!なのになんでママは 惜しかった! なんて言うの!」 と怒り始めました。
「だって順位がビリに近かったから。」と私。
「ママは 自分が思っていた順位を私がとれなかったからそういうこと言うんでしょ。でも、私は タイムがよかったから 満足していたんだよ」と娘。 娘に指摘されて、うっ!と言葉につまってしまった・・・期待していた結果(1位)に到達しなかったから「惜しかったね」と言ってしまった私。
「ごめんね」 深く反省しました。
この時から、私は 結果ばかり追わずに 子どもの努力やその過程を認めて、声をかけるようになりました。
もちろん 子どもから「惜しかった〜〜!」と言ってくる時は「ほんと、惜しかったね!」と共感するようにしてますが・・・。 (M S)
私の娘は神経質な子どもでした。
幼稚園時代はクラスに馴染めず、登園拒否から拒食症になりました。
娘の幼児期から外に活動の場を求めていた私は、「しっかり抱きしめて愛してやれなかったんじゃないか?」という思いに責められていました。
娘も小学4年生になり、自分の生活圏が広がりだしたころ、私が出先から戻る時間を気にするようになりました。
「ママは何時に帰るの?」の質問に、「(5時には帰れそうだけどがんばって)4:30には帰るよ。」と留守をする後ろめたさから、できない約束を繰り返す私。
娘は寂しそうな目をして、約束の時間に帰らない私を待っていました。
ある日、娘は私にこう言いました。
「マリコがイヤなのは、ママが帰ってこないからじゃないの。ママが約束を守ってくれなかったからなの。」
娘が自分の言葉にして、的確に自分の気持ちを話してくれたお陰で、私は気づくことができたのです。
「ママが無理な時間を約束するのがイヤだったんだね。」
娘と私、2人で思い違いをしていたのです。 約束を違えるママがイヤだった娘。
母が留守なのが寂しいのだろうと勝手に思っていた私。
自分の気持ちを見つめて的確に表現する。 そのことの大切さにやっと気付くことができたママでした。(KS)
JAMが一年にわたって協力してきた、新宿区江戸川小学校の「自ら考え活動する子の育成」研究プロジェクトが終わった。
その江戸川小学校の校長先生から、昨日ていねいなお礼の電話をいただいた。
「教師は授業の内容をこなすのに一生懸命。ほんとうは、子どもたちの一人一人をしっかり見て、子どもたちをどう育てていくかを第一に考えるのが教育の原点です。JAMの皆さんに、そのことをあらためて気づかせてもらった。励まされました」
とおっしゃって下さった。
私たちも、実際に先生たちの話し合いに参加したり、じぶん表現力のカリキュラムを行うことができて、とても有意義な一年だった。
ありがとうございました!
これからの子どもたちを、先生方といっしょに見守っていけたら、と思う。
JAMの活動にご興味がある先生がいらっしゃったら、ご連絡下さい、ね。(S.T)
2月18日の朝日新聞の生活欄に、「同じ職場の50代の男性が口を開けば『昔はこうだったなあ』とぼやいて困る」という相談が載っていた。
口グセって誰にでもあると思うけれど、「昔はこうだったのに、今は〜」という口グセは言いたくないなあ〜。
ちなみに、娘たちに聞いてみた最近の私の口グセ。 「部屋掃除したの?」「ザンネン!」でした。
そうか・・・! 波田陽区にちょっとハマッテイルから「ザンネン!」はわかるけど、「部屋掃除したの?」は、それほど口に出しているとは思っていなかった。
言われるとやる気も失せる・・・よね。
たまには、自分の口グセ、チェックしてみなきゃ!(S.T)
けっきょく、6年生の最後まで「やめて」と、はね返すことができなかった。
あ〜、悔しい!!
私は、「お腹が痛いから、休みたい」とウソをついて、時々学校を休んだ。
でも、どこも悪くないのに一日中ふとんに寝ていなければならず、それはそれで退屈したので次の日には学校に行った。
明るかった娘の表情が暗くなっていき、母は心配していたようだ。
でも、何も言わなかった。
そのかわり、母は行動をおこした。
「環境を変えよう。私立中学に行かせよう!」と決心し、家庭教師の先生をお願いしたり、○谷大塚の日曜テストを強制的に受けさせるなど、教育ママと化した。
また、学校にも足を運んだらしい。
だいぶたってから
「担任の先生は、冷たい先生だった。『子ども同士の遊びですよ。ただ、からかっているだけ。むしろ、お宅のお子さんに問題があるんじゃないんですか』と、まったく取り合ってくれなかった」と怒っていた。
母の実行力によって中学受験をし、都内の私立女子校に入ることになった私。
卒業式の日、一番中心になっていじめていたK君が、
「ごめんな」と握手を求めてきた。
私は、進学した女子校で心機一転。毎日、のびのびと楽しく過ごして、元気を取り戻した。
少しずつ自分への自信も持てるようになり、自然に心のキズも回復していった。
私の母は、子どものイジメに対して、環境を変えるという方法を選んだ。
同じような場面にあったとき、私だったらどうするだろうか。
私は、娘たちが小さい頃から何とはなく言ってきたように思う。
「いやなことをされたら『いやだ!』と言いなさい」と。
そのせいだろうか。
アメリカの現地の中学校に入った娘が、アメリカ人の悪ガキ男子たちから、
「やーい!スシ食べてきたんだろう。生臭いぞ!」(日本人=スシ、フランス人=フレンチフライなどというのが、典型的なからかい言葉)
と、からかわれたとき、
「ふざけるな!発想がワンパターンであきれるよ!単純××!」
と、日本語でタンカを切ったそうだ。
娘が家に帰ってきて、そう報告したとき、
「よくやった!」
私はホッとした。(S.T)
このコラムに何を書こうかなと考えていたら、ずっ〜と昔、子どもの頃の記憶がぱぁっと蘇ってきた。
ちょっと悲しい思い出。
「言いたいことをキチンと言える子どもに育てよう」といいながら、私は言いたいことが言えない子どもだったのです。
小学校5年生の頃のこと。
父の仕事の都合で、私たち家族は都内から郊外に引っ越してきた。
前の小学校では学級委員に選ばれたり、そこそこ活動的。
通知表には判で押したように「性格は、明るくまじめ」と書いてあった。
転校先の学校でも同じように、授業中には積極的に手をあげてハキハキと答えていた。
ところが、それが同じクラスの悪ガキたちのカンに触ったようだった。
「転校生のくせに、ナマイキな・・・」
半年くらいたってから、イジメが始まった。
当時私は、仮性近視になりたてでメガネをかけていた。
そしてかなりのやせっぽちだった。
悪ガキたちは、私の容姿をからかい始めた。
「やーい、ガリガリめがねザル!」と、休み時間や下校時にはやし立てた。
たぶん、この年頃の男の子にありがちな「悪ふざけ」に過ぎなかったのだろう。
ところが私は、固まってしまった。
涙があふれ出て、うつむいた。
悪ガキにとって、この反応はおもしろくないはずがない。
さぞからかいがいがあったことと思う。
そのうちに、彼らは、
「♪ガリガリめがねのスットコドッコイ〜♪」
歌まで作って、教室や廊下を練り歩いた。
さらにエスカレートして、私は廊下でいきなりお腹をゲンコツで殴られたりした。
それなのに、「やめて!」が言えなかった。
小動物のように、おびえて泣いた。
どうして「やめて!」のひと言が言えなかったのか・・・なぜ?
今思うと、ほんとうに情けなくはがゆい。
でも、今のイジメのように、クラス全員でシカトといった陰湿なものではなかった。
仲良しのKちゃん、Yちゃんはじめ、クラスの女子が私をかばってくれた。
「そんなこと言うな!!」と、かわりに悪ガキを追っ払ってくれた。
当時のことを思い出すと、どうして
「ガリガリメガネで悪かったね!」
「それがどうしたのよ!」
「やめてよね!」
という言葉が、言えなかったのだろう。
勇気を出して、言っていたら・・・
言えていたら私の人生、変わっていたんじゃないかと思う。(つづく)