イギリス人の友人が先日「日本のお母さんていいね」と言いました。
「どういうこと?」と聞くと、「子どもの目線まで体を低くして話しかけているから」と言います。
イギリスではそういうことはないとのこと。
どんなふうなのか聞いてみました。
「大人は子どもに対して、立ったまま『上から物を言う』」というのです。
決して子どもの目線まで体を低くしたりしません。彼女の言葉を借りると「Children should be seen, not heard」
「子どもは目に入っていればいい。言い分を聞く必要はない」のだそうです。
彼女の目には、日本の教育が「子どもを一人の人間として扱っている」すばらしいものに映ったようでした。
私はでも、「逆に親が子どもの召使のようになっているケースも少なからずあるの」と言いました。子どものわがままを「はい、はい」と聞いてしまう親がいるのも事実ですよね。
実はその後、彼女の日本の教育に対する印象が変わってしまいかねないことがありました。
彼女が教える英会話のクラスに私が通訳として入ったときのことです。
私語の多さに収集がつかず、授業が中断してしまったのです。
イギリス人の彼女には、授業中に生徒が騒がしくて先へ進めないことが信じられないようでした。
2週間の最終日、彼女はついに「静かにできないのなら、ゲームはしません。
あと15分間、私は黙ってここに立っていてもいいんですよ」と生徒に言いました。
それを私が通訳して伝えたのですが、子どもは神妙な顔をして静かになりました。
子どもは言えば理解するのです。
イギリスのように「大人は絶対」とする必要はないけれど、せめて「人の話を聞くときの礼儀」だけでも身につけてほしいと思いました。
子どもの目線で話しを聞く、一人の人間として扱う文化なのですから、一人の人間としてふさわしい行いをさせることもできるはずですよね。
(M.O)
